どっちでも、いいじゃん~

日々のこと

しーさー

こんにちは、つばきです。梅雨の真っ只中だと言うコトは十分にわかっているつもりだけど、さすがにお日さまが恋しい今日この頃です。

わたしの中では、梅雨って6月のイメージなので、カレンダーが7月になったら気持ちだけ夏モードになって、雨のなかサンダル履いてみたりしてね^^;

そんな風に、気持ちと季節がちょっとずつズレながら過ぎていく日本って、好きなところです。体調を整えるのはタイヘンだけど、いろんな楽しみ方ができるから。

 


 

と、なにげに季節の話題から入るフリをしましたが、先日、久々にどぉーんと落ち込みまして^^; きっかけは、ダンナさんとのやりとりだったのですが、それはあくまでも単なるきっかけ(ダンナさんは、なにも悪くありません^^;)。

いつもならスルーできることを、スルーできないわたしだったわけです。でも、あくまでもきっかけなので、もしそのことがなくても、何かのカタチでどぉーんと落ち込むことになっていたのだと思います。

そして、そういう流れになったのは、アレをやったから・・・だと言うことは、自分では明白なんです。でも、そのアレをやった時には、もちろん明白ではなくって、「いままで、なぜかやるチャンスがなかっただけ~」という、なんのためにやるのかなんてまったく考えていませんでした。(アレについては、また今度^^;)

 


 

このブログを読んでくださっているみなさんが、わたしと同じかどうかはわかりませんが、何かをやるときって、ほとんどその真意はわかっていないような気がします。後になって、「ああ~なるほどね(^_-)-☆」って感じです。

ここのとこ、日本人ならば?大人ならば?人間ならば?ものごとちゃんとわかってやらないといけないのかもしれないけれど、目的も含め自分にとっての結果がわかっているならば、やる意味があるんだろうか~なんて、ひねくれたことを言いたくなります^^;

わたしは学校の勉強はキライだったけれど、興味のあることを知りたいと思う気持ちは強い方だと思います。特に、「学校では教えてくれないこと」には、特に興味を持つかも。でも、なんでそれに興味が湧くのか、知りたいと思うのかは、始める時はわからないことがほとんど^^;

「家系学」の勉強をしたのも、「知る必要がある」と思っただけ。いつもそんな姿勢だから、その時に熱くなったとしても、盲信はしません。と言うか、続きません^^;

だって、「学校では教えてくれないこと」は、目に見えないものが多いから。そして、目に見えないものは、証明のしようがないから。

 


 

「あの人の言うことは本当。でも、このひとの言うことは間違っている」と言うより、「あの人の言うことも、この人の言うことも、本当かもしれないけど、間違っている」かもしれない。そもそも、本当も間違っているもないけれど・・・。

学んでいる時は、そんなことを疑っていては話が聞けないので、盲信状態?でイイのだと思います。でも、それが本当なのか間違っているのかの真実は、自分がわかればイイこと。

たとえば、死後の世界はどうなっているとか、輪廻転生はあるとかないとか、いろんな話を聞くけれども、「そんなもん、死んでみればわかるから、どっちでもイイじゃん~」と思ってます。

目に見えないことを、正しさを持って議論することはナンセンスだもん。

 


 

でも、「そうかもしれない・・・」と選択している考えは、もちろんあります。だけど、わたしは経験していないんだから、「そうなんだよ!」って断言できるわけもないのです。

「そうらしいよ~、へへっ^^;」っていう、そんなスタンスしかないんです。これ、いいかげんですかね~(笑)。

なので、数秘術の話も、家系の話も、その他のいろんなことも、わたしにとっては「今現在では・・・」のことだし、「そうらしいよ~」っていう話し。

でも、そんな中にも、自分のなかの真実って言うのはあるんですよね。あくまでも「自分限定」のですけど。それがみんな一緒だったとすれば、うれしいし安心できるけど、一緒じゃなくてもいいじゃないかな。そして、自分の中の真実をたくさん見つけられることは、「幸せ」ってことなんじゃないかな。

なーんて、久々にブログに向かって、こんなことを思ったのでした^^;

 

☆☆☆7/25(土)のランチ会は、まだまだお席は余裕がありまーす。
気になっている方は、ぜひぜひお越しくださいませね(^^)/

 

こころよりすべてに感謝。つばき紀子

 

 

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