きょうだいの役割

家系のこと

こんにちは、つばきです。2月最後の今日は、雨模様の一日。暦の上ではもう春だけど、雨の日晴れの日、寒い日暖かい日、それぞれを繰り返して、実際の春は近づいてきますね。

3月9日(土)は、家系学のお話会です!詳細は、喜多川恵凛さんのサイトからどうぞ(*^_^*)

 


 

昨日は、母の命日。あれから16年経ちました。いまでも、あの日の朝のことは、はっきりと覚えています。でも、もう怖さはなくなりました。こういう時、人間の慣れとか忘れるという能力は、ありがたいな~って感じます^^;

最近は、発達に関する心理学に興味があって、わたし自身の母親との関係を思い出そうとするんですけど、ギュッと抱きしめられたとか、触れ合った記憶があまりないんですよね~。

実際にそういうことが無かったのか、単にわたしが忘れてしまったのか、もう母に確認することができないので確かめようはありません。

でも、よく母の自転車の後ろに乗って、いろんな所へ行った記憶はあるので、たぶんわたしは母の体にギュッとつかまっていたでしょうね。

 


 

そんな母との記憶がわたしにあるように、きょうだいである兄にも、きっといろいろな思い出があるはず。共通の記憶は話したことがあるけど、わたしの知らない兄と母のふたりだけの記憶もいっぱいあるんだろうな。

同じ両親から生まれたきょうだいでも、見るもの感じるものは違います。たとえ同じ光景を見たとしても、見方や感じ方は、きっと違います。

それは、個としての違いもあると思うけれど、生まれた順番も大きく影響しているのではないかな。

子どもがひとりという状態で育った期間のある長男や長女。すでにお兄ちゃんやお姉ちゃんがいる状態で生まれてくる次男や次女など。

それぞれの親に対する印象も、違うのは当たり前かもしれません。

 


 

家系学では、きょうだいはそれぞれの役割があると考えます。その役割を、本人が気持よくやっているかどうか、まわりが認めているかどうかはとても大切です。

時代の流れに沿って、家族のカタチが変わっていくのは当たり前かもしれません。でも、たぶん、家族のあり方や役割は、変わらないんじゃないかと思うんです。

昨日の母の命日は、兄がひとりでお墓参りに行ってくれました。お昼ごろには、LINEでお墓の写真とともに「任務完了!」のメッセージが。

「行ってきたよ!」ではなく、「任務完了!」と書いてきた兄のメッセージを読んで、「お墓参りは、お兄ちゃんにとっては役割なのね…って」、なんだかうれしくなってニンマリしてしまいました(*^_^*)

もめ事だらけの家族だったけれど、わたしたちの後に続く子どもたちはいないけれど、もう両親はこの世にいないけど、わたしたちはいい家族になったんだな~と思えた、16回目の母の命日でした。

 

こころよりすべてに感謝。つばき紀子

 

 

 

 

 

[`evernote` not found]

«